6月23日 金曜日

イラン旅行 第4日 砂漠都市ヤズド

昨晩遅かったのでゆっくり起床。

写真は典型的なイランのホテルの朝ご飯。ラヴァーシュという薄く焼いたパンにジャム、ハチミツとバターとチーズ。それと紅茶。

パンは大抵冷えていますが、慣れるとそれなりに食えます。

ホテルを出ると既に日は高く、気温も上昇中。

イランでは日曜日ではなく金曜日がお休みです。というわけでバーザールもこんな風に閑散としてました。ま、これはこれで一興。
少し屋根のないところに出ると、雲1つ無い青空と強烈な日差し。僕は炎天下でやられ気味でつらかった。。。
Yazdの旧市街は迷路のように入り組んでいます。何百年来の変わらない姿が今もそのまま残っています。

屋根のある部分は風通しも良くすごく快適。砂漠の生活の知恵かな。
中には休日にもかかわらず開いている工場なんかもありました。これはパンを焼いているところか。
こんな光景が続いていて、すぐに道に迷いそうです。太陽の位置を時折確かめながら散策します。
こんな風にあちこちに水場があって、炎天下の散策に潤いを与えてくれます。
このニョキニョキ生えているのはバードギール(風採り塔)。詳しい仕組みは分からないのですが、これのおかげで旧市街の風通しが良くなっているみたいです。よく考えたものだ。見た目の点でも街の景色の良いアクセントになっています。
これも。最初はなんだかさっぱりわかりませんでした。

こんな風に歩きながら観光スポットの寺院や霊廟などをまわりましたが、やはり印象に残っているのは旧市街の街並みです。

旧市街の外側の大通りはこんな雰囲気です。大分味気ないです。
天然のまばゆい照明。休みで閑散とした旧市街を幻想的な雰囲気にしています。
たまに営業中の店があってもお昼時はこんな感じです。(^^
地球の歩き方にも載っている旧市街の大きめのチャーイハーネでランチにしました。外は暑いですが、建物の中はとても快適。見た目にも涼しげ。
今日はDiziというイラン料理に挑戦。アーブグーシュト、またの名を「貧者のシチュー」なんて言うんですが、お椀にナーン(パン)と野菜とシチューを入れて、専用の棒でつぶして食べます。
こんな風に。日本の汁かけご飯のノリか。お行儀よくは見えないですが、周りのイラン人ファミリー達も美味しそうに食べていました。
こちらはフェセンジャーンといい、生のザクロをたくさん使った甘い煮込み。見た目は黒っぽくて美味しくなさそうですが、ペルシャ料理の奥深い豊かさを感じさせてくれる逸品。

食べ過ぎてお腹一杯になってしまったこともあり、いったんホテルへ戻り休憩、お茶。ヘタレな自分。

この後、旧市街にあるヤズド水博物館へ。ここで紹介されているのは、この砂漠都市に遠くの丘陵から地下水を引いてくる機構。昔から高度な土木技術があったんだなあ。面白かったです。ようやく日が傾いてきたところで町はずれにある「沈黙の塔」へ。ゾロアスター教徒が50年ほど前まで実際に墓場として使っていた場所です。

なぜ塔が墓場か、というとここはゾロアスター教では伝統的な鳥葬の場だったのです。写真右手の低い方の丘に遺体を置き、左手の「物見の塔」、というか丘ですが、そこから僧侶がそれを見守ったわけですね。どちらの目が先に鳥についばまれるか、という占いなんかをしていたそうです(すごい視力だ!)。
沈黙の塔の一帯は見学用に保全されています。塔のふもとには廃墟になった集落が。これも箱が残っているだけで生活臭は跡形もないのですが、沈黙の塔とあわせて不思議な雰囲気が醸し出されています。
高い方からもう一方を望むとこういう感じです。夕暮れたくさんの鳥が遺体に群がる光景はさぞ独特だったんでしょう。

ところで、この時間帯は地元の若いバイク乗りたちが大勢集まって楽しそうに丘に上ったり下りたりしていました。族を見てたら一気に日本にもありそうな光景に思えてきます。(^^;
砂漠都市の夕暮れ。
大昔から変わらない光景なんでしょうか。

しばらくぼーっとしていました。

でたらめにバスを乗り継いで市内へ戻りました。休日の夜ということでたくさんの家族連れが繰り出していて、街は昼が嘘のように活気を呈していました。

中心部の広場とヤズドのランドマークの寺院です。寺院といっても市場やカルチャーセンターのようなものも併設していて大勢の人でにぎわっていました。お祭り用の大きな飾りが作られていたり、サッカーで遊ぶ父子など、ちょっとノスタルジーな気分で僕らも夕涼みです。
たくさんのイラン人でゆったり自然体の光景が繰り広げられていますが、この寺院も造られたのは600年近く前だとか。日本は室町時代。
晩ご飯は再びホテルで。このレストランが安くて美味しくて、雰囲気も良く部屋からそばなので、他のところは開拓せずじまい。
こういう煮込み系はいろいろなバリエーションがありどれもこれも美味しいです。スパイスの使い方も本当に巧み。でも一押しはあいかわらずナスとトマトのやつ。
アメリカでは(日本でも?)、ペルシャ料理なんていうとケバブばかりで肉肉肉ってかんじですが、実際は全然そんなことはありません。こんなに野菜の取れない砂漠都市でもこれだけ豊富にいろいろなものがあるんです。場所によっては、野菜もスパイスも豊富にあって、何よりも長い歴史の食文化があります。

お腹一杯になってまったりしていると、給仕してくれていたイラン人のずんぐりしたおっちゃん(おにいちゃん?)が親しげに話しかけてきました。イラン人にしては相当上手な英語で、冗談や物まねをたくさん混ぜる楽しい人でした。政治や経済なんかの真面目な話もいろいろ。イラン経済についても、昨今ベビーブーマーが一気に成人していてそのせいで失業率がこの先厳しそうだ、なんてことを教えてくれました。彼もアメリカや日本の文化や政治経済に興味津々。こんな具合に、地方都市の人でホテルのボーイさんでも、英語がぺらぺらで日本や欧米のことをとても知っていて興味があって、、、こういう人もいるんですね。他の多くのイラン人同様、明るく人なつっこくおしゃべりですが相手への気遣いとか敬意が必ずあるのでおしゃべりも気持ちよく楽しめる感じです。あ、でも、恋愛やセックスについて興味津々で熱心に聞いてきたのは笑えました。親しくおしゃべりしたイラン人男性に日本人の結婚観や恋人との付き合い方のこととかを聞かれることは何回もありました。

たまにはコテコテのイランのお茶菓子を。いろいろ違いがありますが、どれも基本的には甘いです(そういうところはトルコやインドと似てますね)。でも、のんびりおしゃべりでもしながらお茶と一緒に頂くと、こういうお菓子もなかなか良いもんです。

明日はイラン最大の観光都市、エスファハーンへバスで移動します。

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今日のトピック: イランの女性達

イラン旅行は実はわりと気楽で楽しいんだよ、という感じで書いているこの旅行記ですが、一点、現実的な問題としておさえておかなければならない注意点があります。それは女性のスカーフに代表されるような服装規定です。これは外国人であっても関係なく適用されます。まず、男性の場合ですが、短パン、Tシャツのような肌の露出の大きいものは避ける。これは簡単ですね。最初は暑い中、長袖を着ていましたが後半、半袖シャツを多用するも、まったく問題なしでした。あと、ネクタイは御法度、なんていう摩訶不思議なのもありますがこれはバックパッカーには関係ないか。さて、問題の女性の規定。肌の露出はもちろん、髪や体の線も隠すようにしないといけません。短いスカートはもちろん、スパッツ、スリムパンツ、タイトスカートは×。足首が見えないように注意。そして一番のポイントが、髪を覆うスカーフです。これはイスラムの教えに基づくものなのですが、イスラーム教国であるイランでは法律でもそれがすべての女性に適用されるんですね。これ、慣れない外国人には大変で、マイクは普段スカーフなんてしないので布の扱いに四苦八苦、それにアトピーもあるのにこの暑い夏のイランで頭をすっぽり覆ってなければならない、ってのは大変そうでした。「そうやってコスプレ感覚で現地の雰囲気と一体化するのはなかなかできない楽しい良い経験だろう」なんて人ごとのように言ってしまい怒られました。笑

こんな風な性別に応じた服装規定があるなんて聞くと、とても取っつきにくい国だと思われるかもしれません。確かに、バケーションには開放的なところに行きたいという人々には勧められない国ではありますが、でもそういう保守的な習慣を残している社会を現地の人と同じ格好をして訪ねてみることは全然違う旅の魅力でしょう。テーマパークに行くようなノリで訪ねてみるのがお勧めです。

さて、ここではもう一歩踏み込んで、イランの女性達について僕の印象を書いてみることにします。まず旅行へ行く前の思いこみとしては、イスラーム教国ってことで、男性中心社会。女性は近づきがたい感じがあって、ベールをかぶっていて神秘的な感じこそあれ、我々が馴染んでいる「女性的な魅力」というイメージは少なくとも表面にはまったく無い、などなど。で、テヘラーン市内について、タクシーの中から頭から足先まで黒一色の女性の一団がバスを待っている光景が見えた時なんかはまさにそのイメージ通りで「ああ、イスラム教国へ来たんだな」、なんて思ったのですが、実際に街中に踏み出してみると、そういうイメージがいかに薄っぺらいかが見えてきてとても面白いものでした。

イランの市内バスは男女別々になっています。中に鉄の棒の境界線があります。こういうのってイスラムの都市では一般的なんでしょうか?地下鉄に乗っても女性専用車両とかがちゃんとあります。

僕らもバスに乗る時は、2人離れて座るか、鉄の棒を挟んで一緒に立っているか、って感じでしたが、いつだったか一回、女性席のおばちゃんが「2人一緒なんでしょ、良いから気にしないできちゃいなさいよ」と僕をそっちに引っ張り込んでくれたことがありました。親切が嬉しかったし、思ったより鷹揚なんだな、と印象的でした。他の人の目線が気になるので、極力、境界線のそばにいましたけど。

そんな感じで、多少のお目こぼしはあれど、男女区分は厳然としています。で、それは会話の上でもあてはまってて、今回の旅行中、英語なり片言のペルシャ語なりで大勢のイラン人とコミュニケーションがありましたが、僕に話しかけてくるのは必ず男性。マイクに話しかけてくるのは必ず女性なんです。欧米じゃ、女性と目があってニコッてのは特別な意味もない普通の挨拶のようなものですが、そういうのはあり得ない感じ。でも、同性同士ではすごく親しく話しかけてくるんですね。「やあ、日本人かい」とかって気楽に話しかけてくるし、マイクには「ねえねえ、新婚旅行なの?」とかって話しかけてきます。バスの休憩所でも、女性トイレではみんなすごく人なつっこく話しかけてきてくれるとか。僕が道ばたで会話した唯一の女性は道を教えてくれたおばちゃんくらいでした。

イランのキャリアウーマン?イランでの女性の社会進出はそれなりに進んでいるように思いました。こんな風に、スカーフで黒づくめながら、働いている姿が格好良くて魅力的な女性も沢山いました。道ばたでは僕とサシでは話してくれない彼女たちですが、旅行会社や銀行などの店頭ではお客の男女問わず欧米同様に接客してくれ活き活き働いています。当然といえば当然なのですが、面白い二面性ですね。

そんなわけで、男女区分が行動規範も含めしっかり分かれている、っていうのはイスラム的なんでしょうが、しかしだからといって女性が虐げられているとか、女性はおとなしくて厳かだ、とかってことは全然ありません。もっとも、それはアラブでも同様で、女性は女性のコミュニティで多彩な文化を持って人生を楽しんでいるってのは事実なんですが、そういうのがアラブではあまり表に出てこない印象があるのに対して、イランでは結構それが目に見えるのがとても新鮮でした。しかも、「敬虔さ」っていう点でもなんだか個人差がすごくある感じもしたし。。。

(注:Shikoが実際にいったことのあるアラブの国はモロッコのみなので、偏見の可能性あり)

夕刻の公園にはこうやってそぞろ歩く若いカップルも大勢いました。
街頭の女学生達。くすくす笑いながら、マイクに「そのスカーフは裏返しよ、直してあげるわ」とかって話しかけてきました。

スカーフと言っても、実際にはチャードルという頭から足まで覆うような布とかロングコートみたいなものなどもあったり、いろいろあるようです。でも、アラブにいるような目がうっすら見えるだけで顔が全然見えないような女性ってのはほとんど見かけませんでした。余り目立たない地味なものを、ってのが一応基本なんですが、テヘラーンではとてもおしゃれなものもあったりしました。スカーフに限らず、テヘラーンではおしゃれをしている女性達がとても多く、洋服や装飾品、カバンのお店なんかはとても華やかです。

こんな風にジーンズの子や髪の毛が見えちゃっている子もテヘラーンではよく見かけました。今時のイスラム教国、って感じなんでしょうかね?それにしてもこのスカーフは注意されたりしないのかな?(実際、髪がスカーフからのぞいているのを見ることは結構ありましたが、全く覆い無しで見たのは素早くスカーフを付け直しているのを見かけた1回だけでした。)

他にも体の線がくっきり分かるようなファッションの女性とか足首の見えるサンダルを履いているような子とかも沢山いて、「なんだか話と違うなあ」と思うこともしばしば。

あと、面白いなと思ったのはこれもテヘラーンの話ですが、スカーフ着用義務の年齢の前の女の子、小学校中学年か高学年くらいかな?、がこれが最後とばかりにものすごくおしゃれさせてもらっているんですね。センスもかなり良いし、それがまた大人じゃあり得ないくらいセクシーなファッションだったりして、スカーフのお母さんと歩いていたりします。

ちなみに、容姿ですが、結構かわいい顔の子、多かったです。彫りは深いはっきりした顔立ちというのが基本かな。

ヤズド市内の水場にて
今時のテヘラーンの街角です。なんだか、一気に親しみをおぼえちゃうのは僕だけでしょうか?

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