6月21日 水曜日

イラン旅行 第2日 シーラーズ&ペルセポリス

今日は昨日手配した飛行機に乗ってシーラーズに飛びます。昨日、ムスタファ君に「明日はシーラーズに行く」といったら、「目まぐるしいな」とあきれられながらも、「仲の良い知り合いがシーラーズにいるから彼にいろいろ便宜を払ってもらうと良いよ」といって電話番号をくれました。おまけに、「僕の方から彼によろしく電話を入れておくから」という感じ。昨日たっぷりお世話になってしまった上にそこまでしてもらってしまい、なんとお礼を言って良いものか。

ビザで許された滞在日数は7泊8日。今回の旅行計画は次のようにしました。まず、ペルセポリスと詩人で知られるシーラーズへ飛びます。次にバスで、ゾロアスター教の街でもある砂漠都市ヤズドへ。そこからバスでイラン屈指の観光地エスファハーンへ。最後に飛行機でテヘラーンへ戻り、国際列車でタブリーズを通りトルコへ抜ける、そんなルートにしました。

世界遺産でありながら地震でダメージを受けてしまった城塞都市バムや、シーア派の聖地マシュハドなんかにもかなりひかれたのですが、7日間ではこれが精一杯でした。

朝早くホテルをあとにしタクシーで空港へ向かいます。昨日ついた新空港とは違う古い方。

これはテヘラーンのランドマークの1つ、自由の塔。右前はスイカを積んだトラック。
空港は昨日と違いかなりぼろいなあ。なんて思っていたらそれは実はましな方の国際線ターミナルで、もっと貧相な国内線ターミナルまではそこから右の写真のような道をまたてくてく歩いていきます。

周りは出張へでかけるビジネスマンがほとんど。

ターミナルの建物はショボイ2階建て。入口を入るなりいきなりセキュリティーゲートです。
いきなりカルチャーショック、なんと空港の入口が男女別?!これ、セキュリティーチェックをやる際にそうでないと困ることがあるからでしょう。女性のセキュリティゲートの方は担当者は全員女性で、利用者も混じって世間話もしていて楽しそうだった、なんてマイクが言ってました。
イランエアの国内線。飛行機は僕らの金銭感覚からしたらすごく安く思えますが(片道4000円とか)、イランの人々からしたら贅沢品なんでしょうねえ。
搭乗員のお姉さん。お客に配る新聞に見入っています。(^^

機内では簡単な朝食ボックスがでました。ストローをさして飲むコーヒー牛乳とサンドイッチと。普通に快適なフライトでした。マイクが窓側が良いといったので譲ったのですがグーグー寝やがって。反対側に座っていたビジネスマンのイラン人のおっちゃんに親しげにあれこれ話しかけられてしまいました。日本にも行ったことあるよ〜、なんて。日本に行ったことのあるイラン人、今回の旅行では大勢会いました。
シーラーズの空港に到着。イラン屈指の観光地ですが、想像以上に鄙びたイメージ。
タクシーをつかまえ市内へ。テヘランも暑かったけれど、こっちはそれをはるかに上回る南国ムード。植物が違うし。
市内も暑いですが、木陰が多いのは助かります。冷たい飲み物を飲んで休んでいる人々も沢山いました。

シーラーズのダウンタウンはかなりこじんまりした感じ。まず翌日のヤズド行きのバスを手配(英語で全く問題なし)。そしてホテルを決め、それからムスタファ君に言われたとおり彼の友人に電話をかけてみると、ムスタファ君が電話してくれていて事前に話が付いていたらしく、スムーズに話が進みさっそくホテルの前で待ち合わせとなりました。「すぐ行くね」といわれ待つこと30分。登場したのはシーラーズ大学の大学院生、アリレザ君。カジュアルなムスタファ君とは大分違い、メガネをしてピシッとした格好で礼儀正しく几帳面そうな感じ。彼は英語ができたのでコミュニケーションは大分楽になりました。しかし、どうもちょうど忙しい時間帯だったらしく(そりゃ前日に突然電話されたって普通は忙しいですよね)、簡単に自己紹介したあと、彼が連れてきた運転手に我々を引き合わせ、行き先を軽く相談したかと思ったら「また何かあったら電話してくれ」と言い残し、車一台と運転手を残して行ってしまいました。ですが、どうもこの運転手さん、英語はサッパリできない様子。残された我々には数多くの謎が。。。彼は一体何者なのか。彼とこの運転手はどういう関係なのか。この運転手はどこまで信頼して良いのか。我々の運命や、いかに。。。

謎の秘密基地に連れて行かれたりしないよな、なんて不安がっていると、車窓にはなんだかワケの分からない鳥のオブジェが。うーん、シュール。
運転手さんとは言葉によるコミュニケーションがほとんど成立しませんが(汗)、関係ありそうな単語を繰り返しやりとりした結果、どうやら車は僕らがアリレザ君に行きたいと言ったペルセポリスにちゃんと向かっているようです。良かった、良かった。まあ、きっと大丈夫だよ。開き直るしかないぞ。
郊外の道ばたにはスイカの行商人が。
小一時間もドライブしたでしょうか、無事にペルセポリスに到着。入口で運転手さんが係員とごちょごちょ話していたかと思うと、なんとチケットを買わずにただで入場!アリレザ君とこの運転手さん、一体何者...?

イラン最大の見所の1つ、ペルセポリスは紀元前500年頃、アケメネス朝ペルシャの宗教上の首都として建設された都市で、アレクサンダー大王に滅ぼされるまでの約200年、栄華を誇ったところです。世界遺産にも登録されていますが、地球の歩き方によると、ヨルダンのペトラ遺跡、シリアのパルミラ遺跡とともに「中東の3P」と呼ばれているとか。「中東の3P」...まあ、ともかく、それって日本の弥生時代より前なんですからやたら古いってことですね。写真を撮りまくってしまいましたが厳選して、簡単にご紹介しましょう。

ペルセポリスの遺跡は300m四方といったところで、かなりこぢんまりした感じです。破壊されてしまい、柱や門の一部、基礎などが残るのみで、そこから2500年前の宗教都市を偲ぶ、ってわけですが、それでも随所に残ってるレリーフはとても印象的でした。
獅子と牡牛の戦いだそうです。獅子が太陽かつ王の象徴だとか。神聖で荘厳なモチーフかと思いきや、なんだか親しみの持てる絵です。
謁見の間の柱。往時はこれらの柱がレバノン杉の屋根を支えていたそうです。
双頭の鷲の彫像、だそうです。なんだかよく分かりませんが、でもこういうインパクトのある動物の彫像があちこちにありました。
このあたりも迫力あるな。
奥も手前も大きな広間で無数の柱があったそうです。今は崩壊してしまいその土台だけが残っています。
盛者必衰、って感じですかね。。。
高台に上って見晴らすこともできます。

都合4時間くらい見学したでしょうか。それにしても観光客が少なかった。イラン人、欧米人がほんの少々。日本人グループを二組見たかな。今回の我々が旅行した時期はワールドカップと重なっていて観光客が少なかったようですし、それに加えて炎天下の昼下がりに来てしまったこともあり、ほとんど独占状態のような感じで見学できました。

遺跡の周囲は森があり、その向こうは広大な畑でした。駐車場も小さく観光バス等は皆無、みやげ物屋も1,2件あるだけ。強烈な日差しと暑さでしたが、静寂の中ですんなりと歴史ロマンに入り込むことができました。

たっぷりペルセポリスを楽しんだあと、駐車場で待っていてくれた運転手さんと落ち合い観光を続けます。ペルセポリス近辺の観光を少ししたあと、また市内に戻ります。市内までの道中、マイクは疲れてグーグー寝てました。

市内に戻り、サアディー廟とハーフェズ廟というところを観光しました。サアディーもハーフェズもペルシャを代表する抒情詩人とのことで、どちらもその詩人が眠っている場所、ということです。ペルシャ文学への造詣の深くない我々には猫に小判かもしれませんが、シーラーズを代表する観光地ということで訪問してみました。でも、こういうところって、展示の仕方や市民の様子とかを眺めているだけでも、いろいろ発見があって面白いものなんですよね。それに、緑豊かな庭園としても心地よい夕暮れ時にはもってこいでした。

サアディー廟。運転手さんはまたしても入口でごしょごしょして、僕らをただで中に入れてくれました。うーん、謎。

夕陽の光と影がとても良い感じでした。
廟の中では多くのイラン人が熱心に参拝していました。何百年も昔の文学者の墓に今も多くの市民がこうやって訪れる、というのはなかなか新鮮。
廟としてだけでなく、市民の憩いの場、という趣も強く、カップルや若者達ものんびりと時間を楽しんでいました。

こちらはハーフェズ廟の方です。

ここでもまた運転手さんの尽力でただで入れました。うーん、謎。それから運転手さんと話しあって、ホテルまで送るよといってくれたのですが、のんびり歩いて帰りたいという旨をなんとかコミュニケーション。ここでお世話になった謎の運転手さんともお別れです。アリレザ君に言われていたように適当にお礼を握らせたら嬉しそうに帰って行きました。

結局、タクシーを半日チャーターということだったのかな。英語は通じず大変だったけれど、でもあちこちただで入れてくれたし(なぜそんなことができるのかは不明)、何かと随分気を使って親切にしてくれたし、代金もガイドブックの相場より少なめだったので、とても幸運だったようです。
疲れたのでお茶していくことに。イランでは「チャーイハーネ」と呼ばれる喫茶店(ハーネは「家」という意味)がハーフェズ廟の敷地内にありました。お茶は砂糖を入れて結構甘くして飲みますが、炎天下で疲れた身にはこれは嬉しい。
そしてこれ、「ファールーデ」。イランでのお気に入りデザート、堂々のナンバーワンです。細い糸状のシャーベットにシロップがかかったものとでも説明すればいいのかな。冷たくて香りの良いシャーベットが細い糸状なので舌の上でスーッと融けて消えていきます。

日本でドンドルマ(トルコの伸びるアイス)が流行してたりしましたが、はっきり言ってこっちの方が全然美味しいですよ!
夕暮れの街を中心部まで2kmほど歩いて帰ります。街中の見慣れないものを冷やかしながらの散策です。気温は下がりすごく快適。治安も全く問題ない感じでリラックスムード。街角のあちこちで人々が気持ちよく話しかけてきました。視線もかなり感じますが、コーカサスに行った時に感じた様な恐ろしいエイリアンを見るような視線ではなく、好奇心の中にも暖かさのある視線というのかな、目があった瞬間避けられるというのではなくほほえまれたり、挨拶されたりという感じでした。
ガラス屋のきれいな店頭。
商店街のアーケイド(?)。中にははんこ屋?
これはまたキッチュな時計だ。シーア派の聖人達の絵かな?
市内の城壁。のんびり散歩している人が沢山います。途上国という感じが全然しません。確かに先進国のような便利さ・豊かさは無いですが、みんな健康で文化的に快適に、でものんびりと日々の暮らしを営んでいる感じがするんですよね。良いところだなあ。まあ、住んだら住んだでいろいろ窮屈なところはあるんでしょうけれど。
晩ご飯は、ロンプラに載っていたカジュアルなイラン料理の定食屋、「ハジババ」に入ってみました。この名前はなかなか忘れないぞ。レストランもチープな感じですが、安くておいしくて親切でお勧め。
肉以外のペルシャ料理もおいしいモノが沢山あります。例えばこの挽き割り大豆のスープはかなり定番なのですが、やさしい味でホッとします。
これはナスとトマトと牛肉のシチュー。どこにでもある安い定番料理なんだけれど、これが気に入ってしまい何回も食べました。サフランバターライスと一緒に頂きます。

お腹一杯食べて2人分で2、3百円でした。
食後は露店のフルーツジュース。イランはフルーツが豊富で嬉しいです。
ホテルに戻り、長い一日の疲れをいやします。

アルコールは御法度なのでビールはないのですが、代わりに見つけて気に入ったのがこの麦ジュース。「マーオッシャイール」といっていろんなメーカーから出ています。ノンアルコールビールと言うとまずそうですが、いろんなフレーバーの付いているモノがあり、麦の味の楽しめる清涼飲料水として飲むとなかなかいけます。お勧めはレモン味とピーチ味。酔わないですが、でも暑いイランの夜に飲むとビールを飲んだような爽快感も錯覚できたりして。(^^;

結構気に入ってしまったので、おみやげにも持って帰ったほどでした。
テレビをつけてニュースを見てみました。分からないので一瞬だけだけれど。イランではアナウンサーも男性はノータイ、女性はスカーフ、ってのはなんだか新鮮。

明日はアリレザ君とランチをして、それから砂漠都市ヤズドへ向かいます。ヤズドはガイドブックでの印象がとても良かったので楽しみです。

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